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INTERVIEW

竹林 加寿子

今回のクリスマスコンサートでは歌とピアノはもちろん、お二人の様々なお話も魅力の一つだと思います。そこでインタビューでは、その予習の様な感じで色々と質問させて頂こうと思います。それではよろしくお願い致します。

では最初に、歌手としての活動を始めるまでのことをお聞かせください。
_まず私のこれまでの道のりは本当に多くの人の導き、力添えがあって此処にいるということを強く感じます。
私の育った家庭では、父と母が共に合唱をやっていたこともあり、自然と生活の中に音楽がありました。食事のときはテレビをみるのではなく、クラシック音楽のレコードを聴くのが普通で、また母がピアノを弾けることもあり、自身も気付くとピアノを弾いていました。歌うことは物心ついた頃より大好きで、ある日、父と観た映画「サウンドオブミュージック」に感動し、漠然とですが、歌手になりたいと思うようになりました。
合唱を始めたのは、小学生のときに合唱クラブの顧問の先生に勧誘されたのがきっかけです。そこから音楽大学を卒業しウィーンへ留学するまで本当に色々な紆余曲折がありました。しかし必ず、ターニングポイントでは素晴しい人々と出会い、歌うことをやめずに此処まできました。これからも、そういった多くの人々への感謝を忘れず、今度は自分が歌うことで誰かの支えや役に立つことを願って活動を続けています。

次に「表現」に関しての大きなターニングポイントとも言える寺山修司さんの舞台に参加したことについてお聞かせください。
_きっかけは本当に偶然で、知り合いのワインパーティーで急遽、乾杯の歌を歌ったとき、たまたま居合わせた寺山修司さんの舞台の音楽を担当されている方に声をかけてもらいました。それからすぐと言うことは無かったのですが、数年後、実際に舞台に出演することになりました。
それまでは、クラシック音楽以外の表現は、知識があまり無かったということもあって、怖いもの、嫌いなものといった感じだったのですが、寺山さんの世界のアングラな一面に触れることで、自分がこれまで見聴きし表現してきたことは、音楽の華やかで表面的な一部分でしかなく、知らぬうちに自分でつくった枠の中に閉じ込められていることに気付かされました。
「世界は目に見えている地上部分だけではなく、地下にも豊かな世界が広がっている。」そう考えるようになったことで、表現の幅は広がり、新しいことへ挑戦することが楽しみへと変わりました。

なるほど、そういった経緯で様々な活動を行うようになったのですね。それでは続いてライフワークでもある「祈りのコンサート」についてお聞かせください。
_2011年3月11日の東日本大震災の直後、仲間とともに石巻にチャリティーに行く機会があり、そこで目にした光景が未だに忘れられません。魂の抜け落ちた人々。過去も未来もすべて流され、ただそこで淡々と物資をうけとるその姿は、決して言葉にできない衝撃がありました。そして、それから100日間、カッチーニのアヴェ・マリアを様々なところで鎮魂の思いで歌っていきました。
その後、2013年より「祈りのコンサート」は始まります。歌というのは不思議なもので、それはまるでミルフィーユのように、様々な人々の思いが重なっていきます。同じカッチーニのアヴェ・マリアを歌っていても毎回、違ったもののように聞こえ、その場にいる人たちは無意識に涙を流していました。
歌を介して、悲しみを共有し、祈ることで、魂が天へと届くことを心より願っています。

ありがとうございました。それでは最後に今回のクリスマスコンサートと今後の活動に関してお聴かせ頂き、本日のインタビューを終了とさせて頂きます。
_クリスマスコンサートは今回で8回目となります。始めた目的は歌をとおしてお客様が、一年を振り返りつつ、社会的な肩書きなどは忘れて、唯一無二の自分へ戻れる時間を提供したいと考えたからです。
今回はピアニストの大野敦子さんを迎え、彼女のピアノとその自由な生き方のヒントの様なものをお話し頂こうと考えています。私自身は、カッチーニのアヴェ・マリアをはじめとする歌はもちろん、先日、ラオスの子供達の前で歌ったときのお話などができたらと考えています。あとは、二人のナイトがどのように関わってくるかも見どころの一つです。
今後の活動に関しては、大きな目標を立てるというのではなく、自然の流れの中で、自身に与えられた役割を100%の力でこなせるような日々の努力をしつつ、これまで以上に人と人の縁を大切にしていきたいと考えています。

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